パタンと閉じた本は、夢のような物語だった。









 物語は、三人の王様が交互に春と夏と秋を作り、そして喧嘩して冬が出来たというお話だ。

 これだけ見るとなにやら深刻な物語のように聞こえるが、実際はドタバタコメディ調の物語で小さな子でも楽しんで読むことが出来る。




 「ふーっ……」




 それなのに、閉じた本を手に無表情で、むしろ少しつまらなそうに天井を見上げた。

 自分達「三帝」なら、もっとおもしろくなるのに。
 そう、たとえば喧嘩したあとに降るのは真っ白な雪じゃなくて、きっと真っ白な灰。

 そんな不謹慎なことを考えつつ、部屋の中を見渡した。

 さて、次はなにを読もうかな。




「ヴィッチーっっっ!!!」

「なに、どうしたの。うるさいねぇ」




 バンッと勢いよく開けられたドアには、薄紅の身体に深緑の帽子をかぶった彼が、息を切らして立っていた。

 珍しい。何かあったのかと思いつつ、優雅な午後の時間をぶちこわした彼に憎まれ口を叩くのを忘れない。




「うぃってぃー見なかったっ!?」

「いや? 見てないけど。どうしたの」

「プリン落とした」

「諦めろ」




 おおかた、ウィティカの矛盾の力を頼りにしていたのだろう。
 魔法の使い方次第ではプリンを元通りにできないこともないが、あいにくと自分はそんな繊細に魔法を扱うことはできない。

 まだ一口も食べてなかったのに、と主張してくるシダに華麗なるスルースキルを見せつけ、そういえば自分もウィティカを見てないなぁと気づいた。




「うぃってぃー、何処探してもいないんだよ」

「んっふっふっふ〜、彼女はいつだってふらふらプカプカしてるじゃないか」

「でも朝からいないんだ。そろそろおやつだよ?」

「君くらいだよ、そこ重要なのは」




 ヴィッチだって飴ちゃん配ってるじゃんかー、という抗議の声を残して、再びウィティカを探しにその場から消えた。
 自分も優雅な午後の時間を再開しようと、窓辺の本棚に近づく。

 と、窓の外に屋敷から出ていくシダを見つけた。

 すでに屋敷内は探し尽くしたのだろう。
 玄関を出てきょろきょろしていた彼は、やがて繁華街の方へ向かって歩いていった。

 ふと思い至って、窓に背を向けた。
 自分もウィティカを探そう。暇だし。
 そしてシダより早く見つけだして、シダのプリンを全部飴ちゃんに変えてもらおう。シダの絶叫が目に浮かぶ。
 おなじみのんっふっふ〜という笑みを浮かべて、ヴィッチは屋敷をあとにした。








 きょろきょろと、街行く人々に目を配る。
 いや、むしろ若干空のほうに目を向けながら、目当ての人物が居ないか探していた。

 朝から探していて、そろそろプリンを食べないとどうかなってしまいそうだ。




「もう……、うぃってぃーどこ行ったのさぁ」




 屋敷にはもうプリンはない。最後のひとつは、部屋の床で哀れなことになっている。
 美味しいと噂の神戸プリン。オーソドックスでありながら、その上品な甘さは群を抜く美味しさと聞く。

 だからこそ、最後に部屋でゆっくりと味わうつもりだったのに。




「なんであんなところに、飴なんか転がってるかなぁ」




 飴といえばヴィッチだ。関係ないとわかってはいるが、ちょっと恨めしい。
 そうだ、後で八つ当たりしてやろう。

 そんなことを考えつつ、ウィティカの居そうな場所を探す。

 その目に、コンビニが映った。




「この際、プリンなら何でも良いやー」




 店内に入って真っ先にデザートコーナーへ向かう。
 見つけた。プリンの棚だ。

 しかしそこに並ぶものを見て、その表情は不機嫌なものへと変わっていく。




「あの、すいません」

「いらっしゃいませ、どうかされましたか?」

「普通のプリン探してるんだけど。普通の」

「すいません、今日はもう店頭に並んでる分しか……」

「なんで? 何処にでも置いてあるような普通のプリンが食べたいだけなんだけど」

「本当にすいません。もうそこにあるキャピィプリンしか残ってないんです」




 振り返って苦々しそうに、たくさん並ぶキャピィプリンを見つめる。

 その怪しいフォルムに、手を出す勇気はなかった。








 シダじゃないけど、そろそろおやつの時間だなぁ。

 街中を適当にぶらぶらしながら、小腹の空いてきたおなかを押さえる。
 何処からともなく飴を取り出しては、口に放り込んだ。

 ウィティカはまだ、見つからない。




「んっふっふっふ〜♪ いいところにレストランがあるじゃないか」




 ふと目に入ったレストランに、少し休憩しようと足を踏み入れた。

 屋敷を出てから、いつの間にかずいぶん経ったらしい。
 少し疲れた身体で、メニューを開く。

 一番初めに目に飛び込んできた料理を見て、言葉をなくした。




「……んっふっふ〜。ヒトデむにえる……は、メニューとしてどうかと思うよ……」




 誰に言うでもなく、ひとりそう零した。








 日が、傾き始めた。


 少しずつ冷たくなってくる空気に、世界は淡い紅に包まれ始める。






「あ、ヴィッチ」

「んっふっふ〜、うぃてぃーは見つかったかい? シダ」

「いや、そっちは?」

「まだ。さっきまでレストランで紅茶飲んでたからねぇ」




 んっふっふ〜と笑いながら、ヴィッチは森へ足を踏み入れる。
 シダもその後についていった。

 『森』とは言うが、ちょっとした林のようなものだ。
 それでも、日が落ちてきた木々の間は薄暗い。




「そうだ。僕のプリン、ヴィッチのせいで落ちたんだよ。弁償してよ!」

「んっふっふ〜、飴ちゃんなんかでこける君が悪いのさ」

「あんな所に飴ちゃんなんか普通転がってないじゃん……って、何で飴で転んだって知ってるの」

「んっふっふっふっふ〜♪」

「ヴィッチまさか……!」

「シダ」




 なおも言い募ろうとするシダに、口にしーっと手を当てながらヴィッチが笑いかける。

 森は、いつの間にか終わっていた。


 目の前の開けた空間に、一面の花畑。

 そのちょうど真ん中に、今日一日かけて捜し求めていた人物が居た。




「うぃってぃー、寝てる……?」

「んっふっふっふ〜♪ どうやら、これを作っていて、途中で眠っちゃったみたいだねぇ」




 すぅすぅとかわいい寝息を立てて眠るウィティカを覗き込むシダに、ヴィッチがそばに落ちていた花冠を示す。

 完成した花冠が二つと、その手には作りかけがひとつあった。

 桜、ひまわり、デイジー、スミレ、ポピー、牡丹、パンジー、曼珠沙華。



 今の季節は、春。

 矛盾の堕天使の治める国は、いつだって季節の花であふれている。




「天気も良いし、昼寝にはもってこいだねぇ」

「んっふっふ〜、そうだねぇ」




 夕日に照らされる花畑。はるかぜと共に、花の香りが胸いっぱいに広がる。

 だいぶ暖かくなってきた風に、夏の香りを感じた。




「シダ」

「んー?」

「もうすぐ君の統治期間になるけど、どんな国にするつもりなの?」

「そうだねぇ……」




 二人してウィティカの隣に横になる。

 見上げた空は、優しい夜の予感を含んだ淡い色合いだ。




「まずは、キャピィプリンのコンビニでの販売を禁止するね」

「あ、それじゃあヒトデむにえるも頼むよ。あれは商品としてどうかと思う」




 わかったーというシダの声も、次第に遠くなる。

 逢魔ヶ刻。その時間も終わりを告げようとしてるのが、直感でわかった。




「ねぇ、ヴィッチはどんな国にするつもりなの?」

「んっふっふっふ〜。そうだねぇ……」




 次第に夜を迎える世界に包まれながら、ヴィッチは眠りに落ちた。
















「ヴィッチ、朝よ。もう起きないと」

「……んっふっふ〜。どうして君が僕の部屋に居るんだい、えじゅ?」

「あらぁ。いつものことじゃなぁい♪」




 いつの間に居たのか、エンジュが勝手に自分の部屋のカーテンを開けている。
 おかげで朝日が眩しくて仕方がない。仮面してるけど。




「どんな夢見てたの?」

「ん?」

「寝顔がなんか、とても幸せそうだったから」




 ふふふ、と珍しく優しい笑みでこちらを振り返るエンジュ。

 その笑顔を見ながら、ぼんやりとした頭で先ほどまでの夢に思いを馳せた。




「んっふっふっふ〜、覚えてないなぁ」




 思い出せるのは、
 三人の王様の物語と、誰かのぬくもり。






 ふと、風に乗って花の香りがした。










fin.


TOP